コラム
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私自身であることを証明する限界
遺言を遺そうとお考えの方の中には、不動産をお持ちの方も多いと思います。ですが、あなたがその不動産を所有している事をちゃんと証明できますか?
不動産を取得すると、一般的には「登記済権利証」が作られると認識されている方、また現に権利証を金庫などで保管されている方も多いと思いますが、実は、権利証は、法務局という役所に、不動産の所有者の書換手続を行った手続用紙の控えでしかありません。もちろん重要書類であることには変わりませんが、株券や預金証券のような有価証券ではないのです。つまり、「権利証=不動産を持っていること」ではないのです。しかも現行法では、いわゆる権利証制度は廃止されました。詳細はほかに譲るとして、遺言で不動産を誰かに遺そうとすると、果たしてこの不動産が本当に遺言者の所有であると証明することが出来るのでしょうか。
日本の不動産には、すべて登記簿が備えられています。登記簿には不動産の基礎的な情報のほかに、所有者が誰であるのか、所有権以外の権利が負担されているのかなどが記載されています。この登記簿の所有者欄には、いつ何処の誰がどういう理由で取得するに至ったのかが「平成○年○月○日売買 住所 氏名」というように記載されます。不動産を取得すると、法務局にこの登記簿の所有者の記載を書き換えて貰うよう手続を行うのですが、所有者が変わるたびに追加されるので、現在の所有者は一番新しい欄に記載された方であろうと判断されます。この手続申請を行い、処理が済んだ申請書の控えが登記済権利証だったのです。(現在は登記識別情報という記号が交付されます。)
しかし、登記簿に記載された住所は、通常、不動産を取得した際のものが記載されています。マイホームを購入した方は、購入してから引っ越すことが通常でしょうから、マイホームの所在地とは違う、1つ前の住所が記載されていることがしばしばあります。ところが住民票は市外(京都市など政令指定都市では区外)転出後、わずか5年で廃棄されます。1つ前の住所は、転入前として記載されますが、不動産取得後2回引越して5年が経過すると、もう登記簿の住所と現在の住所の連続性を示せなくなります。
これはお亡くなりになったときも同じで、死亡後5年で住民票は取れなくなります。住民票が取れなくなると1つ前の住所どころかお亡くなりになったときの住所すら証明できません。こうなってしまうと法務局に登記を受けた人と亡くなった人が同一であることを証明することは格段に難しくなります。もちろん権利証など資料がすべて調っていて相続人間にトラブルがなければ、対策はあるのですが、相続人間で争いがあると、その不動産が誰のものになるかが決まるまでに住民票が取れなくなるかも知れません。
遺言作成のご準備などをしている過程で住所が古いままであることが分かれば、修正することもずっと簡単ですし、公正証書で遺言を遺せば相続人間のトラブルもずっと少なくなります。転ばぬ先の杖ではありませんが、登記簿の確認と遺言による相続人間の争い回避は必要なのかも知れません。
(2025年 注)令和元(2019)年6月から住民票除票などの保管期間は、改訂・消除から150年間に改められましたが、それまでに廃棄された住民票除票などは存在しませんので発行できません。
2012年6月
弁護士法人白浜法律事務所 事務局事務長 田 村 彰 吾
監修 弁護士 白 浜 徹 朗