定期借家制度ができて四半世紀になろうとしています
弁護士 白浜徹朗
定期借家制度は、世紀末の平成11年(1999年)12月に法改正によって創設され、平成12年3月に施行されました。今年で法律ができてから24年ということになります。この創設にあたっては、弱者である借家人の保護に欠けていて、追い出される借家人が増えるとか、乱開発を誘発して貸しビルや貸し室が供給過剰になって、貸主によっても深刻な事態をもたらすというような強い反対意見もありました。しかしながら、少なくとも社会的な問題となっているようなことはありませんし、利用される比率も、従来の賃貸借契約と比較して圧倒的に定期借家が多数を占めるということにもなっていないようです。家賃の急激な上昇などの問題も発生しておらず、地方都市では空家率も問題になっているのが実情のようです。裁判事例としても、定期借家契約に基づく明渡請求が信義則や公序良俗に違反しているなどとして、裁判所がこの契約に基づく明渡請求を認めなかった事例は、見当たらないようです。
裁判上問題になったものとしては、契約書とは別に定期借家であることを説明する文書が必要とされているのに、その取り交わしを怠っていた場合にどうするかということや、期間満了前に契約終了の通知をすることを忘れていて満了後に通知をした場合にどうなるかということがあります。前者は、最高裁判所が、別文書を取り交わしていないから定期借家としては認められないとしたわけですが、このような形式不備が決定的な問題とされて、定期借家契約という契約書に署名捺印があるのに定期借家としての効力を認めないということにしてしまうのは、「法律家の常識は世間の非常識」の典型のような気がします。借家関係の相談で期間を定めたのにでてもらえないのでしょうかという質問に対して、契約で決めてもなかなかでてもらえないのですということを説明するのには苦労することがありましたが、定期借家の制度は契約を整えればきちんと返してもらえるということで、貸す側としても安心できるという点は、もっと評価されていいでしょうし、むしろ誤解を招かないように法律を改正するべきではないかと個人的には思っています。ただ、まだ法律は改正されていませんので、この判例に従って、契約書とは別に説明をしたことを示す書類を整える必要があるという点を注意しなければなりません。他方で、期間満了の際の通知を忘れていたことに対しては、裁判所は救済的な扱いをしています。つまり、期間満了後に通知した場合であっても、通知の日から6か月を経過すれば契約の終了を賃借人に対抗でき、明渡請求は権利濫用ではないという高等裁判所の判例があるのです。交渉をしていたりして、期間が過ぎてしまうことなどもあるわけですから、この判例の方が社会常識に合致しているように思います。ただ、いずれにしても、契約とおり、通知を忘れないようにするということは大事なことです。
この定期借家をめぐって判例を調べましたが、沢山の判例が出現しているようなことではありませんので、あまりトラブルもなく、制度としては既に社会的に定着したと言ってもよいと思いました。ただ、上記のような問題もありますので、契約にあたっては、我々弁護士に相談していただいた方がいいでしょうし、トラブルとなった場合には、すぐにご相談いただくことが肝要と思います。
他士業の方々との連携
弁護士 拝野厚志
1.他士業の方との連携の必要性
今回は、「○○士」と言われる士業の方々との連携について、お話しします。弁護士は「訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行う」ことを職務としており、法律には精通しています。
しかし、事件の解決にあたり、税金、不動産の評価、事実の専門的分析など、法律以外の分野の知識・判断が必要となることがあります。そのような場合、その分野の専門家である「士業」の方の意見を求めたり、士業の方と連携しながら、事件を進めていくことになります。
2.税理士との連携
税理士の方々と連携し事件を進めさせていただくことは、必須と思われます。例えば、遺言作成の依頼を受けたときに、御依頼は遺言の作成ですが、作成に至る過程で財産の全て教えていだたくことになります。
財産の規模によっては、税理士の方にもチームに加わっていだたき、相続税対策を含め、検討させていただくことがあります。また、遺産分割においても、分割方法によって税金が異なることがありますので、遺産分割協議書の内容や表現について、意見も求めます。さらに、民事の事件でも、和解条項の文言により、課税のリスクがありますので、相談させていただいて、課税リスクを回避することになります。
3.不動産鑑定士との連携
不動産が絡む事件の場合、不動産鑑定士に土地の評価の算定をお願いしたり、賃料鑑定をお願いすることになります。例えば、遺産分割において、土地が遺産に含まれている場合、土地を特定の相続人が相続し、その代償として金銭での清算を求めることがよくあります。この場合、土地を相続する側としては、土地の価格を少しでも低くしたいでしょうし、他方、清算を受ける側は少しでも土地の価格を高くしたくなります。
そのため、確度の高い土地の価格評価が不可欠となり、専門家である不動産鑑定士の方の意見や鑑定を求めることになります。また、賃貸をめぐる事件においても、賃料の鑑定を求め、適正な賃料をもとに、増額等の主張していくことになります。相手方から提出され鑑定書や意見書に対しても、意見を伺うこともあります。
4.建築士との連携
建築工事がからむ事件の場合、建築士と連携して事件を進めることになります。例えば、工事に不具合があった場合、その不具合が工事に起因するものなのか、それ以外の要因によるのか、建築士の方とともに現地を確認し、意見を求めます。その結果をふまえ、対応を検討することになります。
5.医師との連携
士業ではありませんが、医師と連携し事件を進める場合があります。例えば、交通事故事件で、後遺症が争点となる場合には、整形外科の医師の意見を求めることになります。また、医療過誤事件においては、事故が生じた思われる機序や過失の有無について、医師の意見を求めることになります。
6.社会保険労務士・社会福祉士との連携
例えば、交通事故で働けなくなられた方について、社会保険制度による保障が使えないか、また、申請の手続を相談することがあります。
7.世の中が複雑・多様化しており、よりよく事件を解決するには、様々な士業の方々と連携して事件を進める必要があります。専門家との連携ができているかにより、解決の内容、スピードが格段に異なる可能性があります。当事務所では、必要と判断した場合には、公的機関からも依頼を受けておられる信頼できる士業の方々と連携させていただきながら、事件を進めます。それが当事務所の強みの一つであると思っています。
事業承継に関する法務
弁護士 青野理俊
約5年前の事務所報において、私は、事業承継について書かせていただきました。日本企業の多くは中小企業・小規模事業者であり、雇用の担い手、多様な技術・技能の担い手として重要な役割を果たしていますが、いわゆる事業承継が日本社会の喫緊の課題の一つと言われるようになって久しいものの、今なお解決されずに残っています。
事業承継が進まない原因としては、後継者の不在、多額の税務リスク、株式の分散など個々の企業によって様々ですが、そもそも誰に相談したら良いか分からず放置しているということがあるのは否めないと思います。
事業承継の類型としては①親族内承継、②従業員承継、③M&Aの3つに分類され、一般的に内外の関係者からの理解が得られやすい①が多くを占めていましたが、近年、将来性への不安や価値観の多様化などから後継者が不在ということも多くなっています。また、一見、代表者が交替して①や②の承継が行われたかに見えても、前代表者が株式の大半を保有して実権を握ったまま実態は何も承継されていないというケースも良く見かけます。相続税対策のみならず他の相続人の遺留分への配慮が必要であることや経営者保証の承継の問題などもありますが、前代表者と後継者の間で経営理念など根本的な部分が受け継がれなければ真の承継とは言えません。
③のM&Aについても、買い手・売り手の双方において法務・財務・事業の各側面から譲渡対象企業を検証し、もっともリスクの少ない手法を策定することまでは良く行われています。しかし、譲渡実行後の、例えば従業員や取引先に対するサポート体制など、いわゆるPMI(M&A成立後の統合プロセス)こそが重要であり、譲渡実行後も対象企業が存続できなければ真の承継とは言えません。
このように、事業承継を進めるためには、一時的・表面的な手法だけではなく、継続的・根本的なサポートが何よりも大事であり、法律に基づく紛争解決のプロである弁護士が力を発揮できる分野ですので、お気軽にご相談いただけると幸いです。
弁護士費用特約を知っていますか
弁護士 大杉光城
昨年も大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
近年、私が特に力を入れている分野が交通事故事案ですが、そこでは弁護士費用特約を使って受任することがとても多いです。弁護士費用特約とは、保険の契約者が事故被害に遭い、弁護士に法律相談や交渉等の依頼をした場合、その費用が保険金として支払われる特約でして、自動車保険に付いているものが代表的です。今回は、この弁護士費用特約について、知っておいていただきたいことを書いていきます。なお、私の経験上一般的と思われる内容で書きますので、詳細な内容はご加入されている損害保険会社にご確認下さい。
警察庁の統計によれば、交通事故発生数は、平成15年には年間90万件を超えていましたが、令和2年では年間30万件程度と大幅に減少しています。他方で、日弁連の統計によれば、この間の裁判所での訴訟の数は大きく減少していますが、交通事故訴訟の数は、実に3倍以上と大きく増加しています。なぜだと思いますか。
交通事故で怪我を負った事案では、弁護士に依頼する場合、そうでない場合と比較すると、慰謝料の支払額の増加が見込める事案が大半です。また、過失割合が問題となる事案では、専門家でなければ交渉が困難です。さらに、事故の相手が任意保険に加入していなければ、更に交渉や実際の損害の回収は難しくなります。
そこで、交通事故事案では、弁護士が果たす役割がとても大きいのですが、弁護士費用特約に入っていれば、気軽に弁護士に依頼することができます。すなわち、この弁護士費用特約は、使用しても基本的には保険料は上がりませんし、また、弁護士も自由に選ぶことが出来るのが一般的だと思います。もちろん、相談だけでもその費用が支払われます。これは、普通に弁護士に依頼すれば費用倒れになるような被害額が僅かな事故でも同様に使えます。
そのため、完全な加害者側でない限り、弁護士費用特約が付いているのであれば、これを使わないのはもったいないといえます。このように、弁護士費用特約は交通事故の被害者にとって非常に使いやすいものとなっているため、上記のとおり、交通事故訴訟が増加していると考えられています。
ある損害保険会社の調べでは、弁護士費用特約の加入率は60%を超えているとされています。事故に遭った後、調べてみたら入っていたという方もとても多いです。さらには、家族の方の保険でカバーできる場合もあります。
ご自身や周りの方が不幸にも交通事故に遭わせた場合、少しでもその被害回復のお手伝いをさせていただきたいと思いますので、私の方までお気軽にご相談下さい。
調停制度100周年
弁護士 津田一史
昨年10月、調停制度は発足100周年を迎えました。みなさまが「調停」と耳にされて、最初に思い浮かべられるのは、離婚調停、遺産分割調停といった家庭裁判所における家事調停だと予想します。しかしながら、100年前に、訴訟を好まないという当時の日本人の意識も強いことなどから、借地借家調停法が施行されたのが、調停制度の始まりです。当時は、資本主義の発展とともに借地借家、小作、商事といった紛争が増加し、社会不安も高まったことが背景にあったようです。また、借地借家調停は、施行された翌年(1923年)に関東大震災が発生したことを契機に利用者が殺到し、調停に対する評価が高まるとともに、当時の人々の間に定着したとの分析もされています。
その後、小作調停法、商事調停法などが次々と施行され、戦後になって家庭裁判所が新設され、みなさまに馴染みのある家事調停の制度もできました。このように調停制度は1922年に始まり、100年という年月を経て現在の制度に至っているといえます。
ところで、みなさまからは、訴訟(裁判)における判決と、調停とはどのように異なるのかとの質問を、よく伺います。教科書的には、裁判は白黒をつける手続であるため、時間や費用の問題、公開でやり取りをする心理的抵抗感、勝敗を決することにより悪い感情が残り得る点が指摘されています。他方、調停は、非公開のやり取りであり、七分三分の解決案もあり得ますし、相対的に短期間で解決され、費用も抑えられることが多いです。また、調停の利点として、利用者の話を丁寧に聴く手続であること、手続が簡易であることなども挙げられます。さらに、判決が過去の事実に法律を適用して結論を出すものであるのに対し、調停は、利用者らが未来に実行することを合意により約束するものであり「未来を創る」ものだとの指摘さえもございます。
みなさまにおかれましても、過去の事実を強権的に解決するよりは、「未来を創る」ためにお話し合いで解決することがのぞましい事案で,法律事務所にご相談いただく場面もあろうかと思います。裁判だけではなく、調停を申し立てることも視野に入れてご検討いただき、また、適切な解決手段を選ぶにあたって、手続に精通した弊事務所に、お気軽にご相談いただければと存じます。
新成人に伝えたいこと
弁護士 中川由宇
成人年齢が20歳から18歳になりました。
高校3年生や高校を卒業して間もない18歳、19歳の若者が、親権者の同意なく自由に契約をしたりカードを作ったりできるようになった反面、未成年であることを理由にした契約の取り消しができなくなりました。
成人になっても、特定商取引法や消費者契約法による保護はなされます。しかし、たとえばクーリング・オフに関して言えば、キャッチセールスなどの場合、契約書面を受け取った日を含む8日間以内に書面・メールで契約を取り消す必要がありますので、直ちに対応をする必要があります。最近は、SNSによる怪しい儲け話の勧誘もあり、外に出ず家にいれば安全というわけでもありません。平成30年の消費者契約法改正により、消費者が社会生活上の経験が乏しいことから就職等の願望の実現に過大な不安を抱いていることについて、事業者が知りながら、その不安をあおり契約が必要と告げた場合などにも、消費者は契約を取り消せることになりました。ただ、消費者が、訴訟で取消を認めさせるためには、事業者の認識を立証しなければならないというハードルがあります。
昨年、京都市立日吉ヶ丘高等学校に出向いて、「消費者の権利、知っていますか」をテーマにした出前授業をさせていただきました。これから社会に出ていく若者に、「騙されないように」という話をするだけでなく、「安心して相談できる場所があることを忘れないで」とのメッセージを伝えてきました。
思わぬ失敗をしたとき、恥ずかしい気持ちになったり自己嫌悪に陥ったりし、誰にも相談できないまま時間が過ぎてしまうことがあります。誰しも上手くいかないことはありますが、早めに専門家に相談することで、損害の回復や、速やかな再出発をしやすくなります。これまで以上に、新成人となる18歳頃の若者に、「ひとりで悩まないで」と伝えていくことが大切ではないかと思います。
電子帳簿保存法の対応
事務長 田村彰吾
前回、インボイス制度の実施は、たくさん労力を掛けても、増加が見込める税金の額が、無駄遣いした税金よりも少ない、という話を書きました。いよいよ今年10月から実施ですので準備に追われている方も少なくないと思います。ただ、もう一つ会計事務を悩ませる大きな制度実施が目前に迫っています。それが電子帳簿保存法、いわゆる電帳法の改正です。
本来は2022年1月から実施される予定だったのですが、あまりにもアナウンスが少なかったためか、完全実施が2年先延ばしになっていましたが、いよいよ2024年1月に本格実施されます。今後は、電子商取引の請求書や領収書などは、プリントアウトした紙の保存ではなく、①データを、②タイムスタンプを付加し改変を出来ないようにした上で、③検索できる形で、保存しなければなりません。
「電子商取引なんて大企業の話でしょ」と言うことは全くなく、むしろ社長が一人で事業を営んでいるような小規模事業者こそ対応を真剣に検討しなければなりません。たとえば、Amazonや楽天市場などインターネット通販で事業用の備品を購入した。あるいは請求書をメールやFAXで送付した。このような場合もすべて先ほど述べた方式でデータを保管する必要があります。しかも受領あるいは交付日から「2ヶ月と概ね7日以内」にデータ化して備えなければなりません。つまり「本業が忙しくて、ついつい年度末に領収書を整理するんだよね」は、もう通用しない局面が出てきました。
また、そもそも、どのように保存するのでしょうか。自社でデータサーバーを持っている、という事業者ならまだしも、そんな設備もない小規模事業者は、どういう方法で、検索可能な状態のデータを、どこに保管すればいいのでしょう。俄に巷に溢れだしたデータサービスを利用するにしても費用が掛かります。小規模事業者は、インボイス制度で消費税そのものの負担や、会計事務の複雑化による事務負担が大きくなったうえに、これらの設備費用も負担しなければならなくなるのです。
本来、税というのは、持っている(稼いだ)人から徴収する、担税能力に応じた徴税が基本です。最近の税制改正は、経済的自由主義の名の下に、担税能力を考慮しない、むしろ担税能力の低い方からの徴税にシフトしているように感じてしまいます。