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民事の誤審(新聞寄稿)

民事の誤審 
  • 裁判にも誤りがあることについては、刑事事件の再審問題などで取り上げられることが多いが、私は民事裁判にも数多くの誤審があると実感している。
     私がいちばんショックを受けたのは、遺言書の偽造をめぐる裁判で、偽造は明らかなのにそれを裁判官が見抜けなかったことである。
     
  • 老齢のため身体障害者1級の認定を受け、食事も自力では出来ず、完全介護が必要な母親が、自分で遺言書を書いたという事案だ。しかも、筆ペンで、一字も間違えることなく数枚にわたる遺言書を作成したというのである。
     これらの事情だけでも、偽造が強く疑われる思って事件に着手した。相手方からは、字を書いていたり、飲み物を飲んでいたりする母親の写真が提出されたのだが、なんだかぎこちない雰囲気があり、作為しか感じられなかった。
     自分の親が遺言書を書いているところを写真に撮るということ自体、普通の人は違和感を感じると思ったのである。当然ながら、遺言書は偽造されたものだという筆跡鑑定も出た。私は明らかに偽造だと確信し、法廷に臨んだ。
     
  • 法廷には、証人としてこの母親が遺言書を書いている現場にいたという家政婦が出廷した。食事の際、はしも持てないような人が、なぜ筆ペンを持てるようになったのかと尋ねたところ、さすったりマッサージをしたりしてあげたら回復したという返答である。
     ペンをどうやって手に持ったのか、片手で取れたのか、どうやって字を書けるようにペンを持ち替えができたのかなど、書いているときの具体的な状況を尋ねると、この家政婦は答えに窮してしまった。
    大体、マッサージ程度で治るのであれば、介護の負担が社会的な問題となるはずもない。このおかしな証言だけで、偽造は明らかになったというのが、私の実感だった。
     
  • ところが、第1審の裁判官は「偽造は認められない」との判決を言い渡した。家政婦が法廷で「確かに書いている」と証言しているから、その証言内容はどうであれ、本人が書いたと判断しても間違いないというのが裁判官の判断だったらしい。
     この母親は「こんにちは」といったあいさつ程度の簡単な会話しかできない状態だった。第2審の高裁では、担当医師から「複雑な文章を書けるはずがない」との意見書をもらった。さらに、飲み物を飲んでいるときの写真にトリックがあることを説明し、逆転で偽造を認定してもらった。それにしても、ここまでしなければ偽造が見抜けないものだろうか。 証拠というフィルターを通してしか事実に迫れないという裁判官の立場を考慮しても、裁判官には社会常識に適合した事実認定をするよう心がけてほしいと思う。証言調書に書かれていれば、その通りに認定しても上級審で批判はされないだろう。そんな安易な感覚で判決を書いているのではと疑われるようなことは、ぜひとも避けてもらいたいものだ。 私はこの事件以来、裁判官に対しては、言葉も知らない幼児に物を教えるぐらいの感覚で接するように心がけている。
     
  • そのような私の対応に、裁判官によっては「ばかにするな」と思う人がいるかも知れないが、弁護士にはそれぐらい裁判官への不信感があるということを心に留めておいてほしい。
     
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  • (注) 本稿は、朝日新聞 京都版「法廷メモランダム」(平成14年2月16日)に、掲載されたものです。
     
著 白浜徹朗
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