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弁護士法人 白浜法律事務所

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白浜の思いつき
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2017/12/26

裁判所放浪記その2

地方の悲哀編

私が放浪記を会報に載せて欲しい訳
裁判所は「慣行」や「先例」を重視する世界のようだ。しかし、この「慣行」や「先例」は、ややもすると一般社会の常識からずれていることがある。そして、そのことは内部の人間にはわからないことも多い。弁護士は、在野法曹として、この妙な「慣行」を正す社会的使命があると思うのだが、その地方の弁護士会に所属していない弁護士には、問題を指摘する手段が事実上与えられていない。その点、弁護士会報は、各地の弁護士会に送られるから、これを書くことで、「慣行」改善の何かのきっかけになるやも知れないと思って、期待するところがある (※1)。
さて、前回は、東京や仙台などの権威ある裁判所での体験を書いたが、地方(但し、大都市に対する意味での)の事件でも、困ったり、苦労したりすることがある。以下は、その体験談の一部である(前回お断りしたように、この話も、あくまでも主観的なものである。)。

セルフサービスです(来たれよ、さらば与えられん その1)
再び仙台地裁でのお話。とは言っても、本庁ではなく、支部である。
仙台地裁のとある支部の事件で記録謄写をするよう事務局に指示したところ、事務員から「謄写はできないそうです。」とのこと。びっくりして詳しくきいてみると、「支部では、記録謄写をするところがないから、弁護士自ら謄写に来るか、事務員を派遣するか、あるいは、知り合いの弁護士に依頼して謄写してもらうかして欲しい。謄本申請をするのであれば、謄本としてなら交付する。」 と言われたというのである(※2)。これでは、私か事務員のいずれかが、飛行機に乗って東北まで出張して謄写をせねばならなくなる。費用や時間を考えれば、まさにとんでもない取り扱いである(なお、私が謄写しようとしたものは、謄本の交付ができないものであった。)。結局、次回期日に、早起きして開廷一時間前に出頭し、私自らコピーさせていただいた。なお、仙台弁護士会に、この問題を検討していただくようお願いしたところ、担当の庶務委員会委員長ご自身も、支部事件の記録謄写をどうやっているのかご存じないとのことであった。

独り言・・・「知り合いの弁護士などもいるはずがないし、当該事件に関係のない弁護士に記録謄写を依頼することは、弁護士の守秘義務やプライバシー保護の関係でも大いに問題がある。ただ、弁護士ならまだ対処の方法があるが、(もっとも、弁護士としても、支部まで事務員を派遣しているとすると、その費用をクライアントに負担させているのだろうが、仮にそのような扱いがなされているとすれば、疑問が残る。)、本人訴訟など一般市民が謄写をしようとした場合のことを考えると、果たしてそのままでよいのか、大いに疑問である。民事保全法や新しい民事訴訟法が、遠方から裁判所を利用する者の便宜を図っていることと(管轄区域外供託の許可や書面による準備手続など)、この謄写の扱いとは矛盾しているようにも思われる。」

支部とはなっていますが、人はいません。
これも私が独立開業する前の話。旭川地裁留萌支部に動産仮差押の執行を申し立てたところ、本庁の執行官から電話があった。「せっかく申し立てていただいたのですが、留萌支部には、常駐の執行官がいません。二週間おきに留萌の事件は処理しているのですが、今度ゆくときには、先生の仮差押決定は期間経過で失効してしまいますので、できれば取り下げてもらって、今度、私がゆくときに執行できるよう、出し直してもらえませんか。」とのこと(※3)。「そんなもん聞いてないよ!」と言いたいところだったが、泣く子と執行官には逆らえないので、取り下げて再度申し立てし直した。ちょっと日和見かも知れないが、動産仮差押は執行官と打ち合わせをしてからやるべしという鉄則を忘れていたからやむを得ないと思った次第である。

独り言・・・「執行官が常駐していないということは、結局は、内部の事務処理上の問題であって、外部からはわからないことである。このような内部処理をしているのなら、少なくとも弁護士便覧ぐらいには指摘があってもおかしくない。いずれにしても、支部に人材を常駐させることができないという裁判所の内情と過疎問題がリンクした難しい問題のように思う。」

最寄りの駅はありません
鹿児島地裁知覧支部では、最寄りの駅がなく、鹿児島市内からバスでゆくしか交通手段がない(※4)。それも一時間程ゆられてゆくことになる。知覧への移送申立があったとき、この不便さを知って、相手方弁護士と協議し、京都在住の証人を京都で調べてから移送することで話をつけたところ(鹿児島の弁護士にとってもあまりゆきたくない支部のようであった。)、裁判所が、これを無視して移送決定をしてしまったことがあった。このときは、大いに怒って裁判官に抗議した記憶がある(書記官にはこの合意を伝えてあったのだが、裁判官には伝わっていなかったとのことだった。)。でも、知覧に実際にいってみると、ちょっとした高原にあって、隠れた観光名所でもあり、なかなかよいところではあった。
また、確かもう廃止されたと思うのだが、岡山の美作簡裁にいったときは、中国自動車道を高速バスにゆられていった記憶がある。最寄りの駅はあるのだが、バスを使った方が便利だし速かったのである。この簡裁は、法廷の真ん中にだるまストーブがおいてあって(確か、法廷の床は土間に近いものだったような気がする)、ほのぼのとした雰囲気があった。
ついでだが、先日、新潟地裁高田支部への移送申立があり、調べてみたところ、富山から特急で一時間以上乗って、更に急行に乗り換えて三〇分以上かかるということがわかり(上越や長野新幹線を使っても、これより早く着くことはできない場所である)、京都から最も遠い裁判所の一つであることが判明した。幸い、相手方に代理人がついており、しかも、富山の弁護士だったので、早々に取り下げて管轄合意をしてもらって、再度富山地裁に提訴し直した。新民訴で採用された「合意による移送」の制度に大いに期待するエピソードの一つである。

郵送は受けつけません(来たれよ、さらば与えられん その2)
今回のテーマとは離れるのだが、東京地裁のお話を補足したい。
東京地裁では、保全手続に弁護士の面談を要求している。窓際にずらりと並んだ保全部の裁判官席の前にはこれまたずらりと椅子が置いてあり、この椅子に座って、(裁判官の机を境にして)弁護士が面談することになっている。実際にいってみると、心なしか、検察官修習時代の取調を思い出す気分がした。このような弁護士面談を行っているのには、非弁防止の意味があるとのことらしいが、どれだけの効果があるのかは、疑わしいように思う。ただ、まあ、形式的ではあるが、非弁防止という点ではこの取扱には一定納得できる側面もあるが、理解しがたいのは、供託書の取扱である。管轄区域外の供託という利用者の便宜を図った制度があり、法務局も、この趣旨を尊重して許可書がなくても供託を認めてくれる取扱となっているのだが、東京地裁は、この供託書を裁判所まで持参せよというのである。これでは、保全手続の際には、東京に二度も出向かなくてはならないこととなり、事務所所在地で供託を認めた趣旨が完全に没却されてしまう。東京地裁の言い分では、供託書は金銭と同じだし、紛失したりした場合に責任が持てないなどというのだが、それは、内部の事務処理上の都合に過ぎない。実際、このような取扱は、東京地裁やその影響下にある裁判所で行われているだけで、ほとんどの裁判所は郵送を認めている。なお、東京や大阪、横浜などの裁判所を除けば、弁護士面談は必ずしも要求されないようになっているのが普通である。つまり、東京の弁護士は、地方まで出張しなくても保全決定を得られるのだが、地方の弁護士が東京で保全決定を得ようとすると、二度も東京にゆかねばならなくなる。民事保全法や新民事訴訟法が遠方の利用者に配慮しているのは、東京などの都市部に居住している者が地方の裁判所を利用する場合だけへの配慮だけではないと思うのだが、いかがだろう。いずれにしても、この問題は、地方に居住する者の特殊な問題に過ぎないから、東京での一審三者協議(裁判所、検察庁、弁護士会)の問題とならない。この京都の地で遠吠えを挙げるしか方法がないように思うのである。

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※1
出張で初めて訪れる裁判所では、弁護士でも、その地方独特の慣行に戸惑うことがある。ただ、裁判所に不慣れという点では、一般市民と似た感覚なのかも知れない。このように考えると、私が京都以外の裁判所に対して抱いた疑問は、一般市民の感覚に多少近いものがあるのかもしれない。

※2
このような扱いは、仙台高裁管内では一般的なようである。山形地裁鶴岡支部でも郵送による謄写依頼はできないとのことである。京都の場合も、支部事件は協同組合では謄写できない扱いとなっているが、実際には書記官さんが謄写してくれているらしい。やはり関西の裁判所は東北の裁判所よりやさしいということだろうか。
なお、佐賀県弁護士会では、謄写担当者が支部に出張して謄写しているとのこと。弁護士会の規模(確か三〇名程だと思うが)から考えるとすごいことである。感心した。福岡でも、支部を掛け持ちして謄写している謄写官がいるとのこと。また、書記官さんが謄写してくれることもあるらしい。この取扱に関しては、九州の法曹関係者の方が、関西の関係者よりも利用者にやさしい取扱をしているように思える。

※3
支部に裁判官が常駐していないところは多く、そのことはたいていの弁護士は知っていると思うが、盲点は執行官である。過疎地域では、執行場所まで遠いことも多いわりに、事件数は少ないから、執行官は大変なのである。大津地裁でも、執行官は、湖東地区と湖西地区を分けて、交代で処理していると聞いた。

※4
裁判所は、お城のそばにあることが多い。広島地裁は鯉城のそば、熊本地裁も熊本城のそば、彦根支部は彦根城のそばといった具合である。そして、だいたいは、最寄りの駅はJRの駅ということになるが、福岡地裁柳川支部は西鉄の駅の方が近いなど例外もある。なお、ついでだが、支部を含めて、裁判所には同じ名前のところはないと思うので、暇な人は確認してみてほしい(JRの駅や市町村の市の名前も同一のものはないらしい)。

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(注) 本稿は、すでに、京都弁護士会会報(98年1月号)に掲載されたものです。また、京都弁護士会ホームページに於いても再掲されています。原稿に書かれた内容は、白浜が経験した、当時のものであるということを、お断りいたします。

著 白浜徹朗

2017/12/26

裁判所放浪記その3

ハード面から

京都では、裁判所の建替が進んでいる。弁護士会でも、庁舎建替問題について、委員会を新設して、議論している。そこで、おそらく全国的にも最も多くの裁判所を訪れている私としては、裁判所のハード面での比較検討をして、京都の庁舎建替問題に材料を提供する義務があると思うので、今回は、ハード面についての私見を述べたいと思う。

市民アクセスのよい裁判所、不便な裁判所
裁判所までの交通の便が最もよい裁判所(但し、その都市に住んでいない者にとって)は、東京地裁だと思う。地下鉄霞ヶ関駅すぐということで、新幹線から降りても約20分で法廷までたどり着ける。
2番目は、福岡地裁である。福岡地裁は、空港からのアクセスの良さが日本一である。地下鉄赤坂駅下車3分というところだが、この地下鉄が新幹線や空港と直結しているのである。
3番目は、ちょっと難しいが、おそらくは大阪地裁ではないか。京阪電車や地下鉄の淀屋橋駅から歩いて5分だし、歩いて10分以内に地下鉄の駅が数カ所ある。これだけ便利なところは少ないように思う。なお、弁護士事務所が近くにあるという点でも、市民にとって、便利なように思う。
4番目は、神戸地裁だろう。JRの駅から歩いて5分かからない点は評価できる。大津地裁もいいかも知れない。ただ、いずれも北部などの過疎地域からのアクセスがよくない点に問題がある。

これに対して、支部や簡裁を除けば、最も不便な地方裁判所は、富山地裁である(但し、全くの私見)。駅から遠い上に、バスもあまり走っていない。タクシーは電話で呼び出さねばならず、流しのタクシーは全くと言ってよいほど走っていない(※1)。なお、この点は、旭川地裁も同様(同率1位か)。平原の中にあって、車なしではたどり着けない。
2番目は、名古屋地裁のように思う(大きな裁判所であるにもかかわらずという点で、そう思う。)。これも新幹線の駅から遠いし、地下鉄の駅からも不便である。何よりも、官庁街にあって、弁護士事務所が近くにほとんどないという点は、当事者にとって裁判の前の打ち合わせなどがしにくく、利用者にとって不便なのではないかと思う(この点は、平原の中にある旭川地裁も同様。)。
3番目以降は、ちょっと難しいが、札幌地裁や仙台地裁も駅から遠いので不便。金沢地裁も、兼六園のそばにあって道路が渋滞するから、不便である(※2)。また、釧路地裁は、寒冷地にあって道路の凍結等を考える必要があるはずだが、高台にあって坂道を上らねばならないというとんでもないロケーションにある上(その代わり景色はいいが)、駅からも遠く、不便。ちなみに、京都地裁は、地下鉄や京阪電車の駅からまあまあ近いので便利な方に入るだろう。
なお、現在、京都地裁は、庁舎建替のため仮庁舎となっているが、この仮庁舎を岩倉地区に建設する話が持ち上がったことがあった。この話は、弁護土会の反対などで立ち消えになったが、市民アクセスの点では、岩倉のように、一般府民からすると交通が不便な地域に庁舎が建設されることは好ましくない。弁護士事務所から遠くなる点も実際に利用する人間からすれば不便であり、この計画が立ち消えになったことはよかったように思う。
いずれにしても、交通の便は、裁判所ではどうしようもできない点があって、これまで述べてきたことは、都市としての便利さの比較の問題という側面が強いのだが、どのような

庁舎が市民にわかりやすい裁判所と迷路のような裁判所
庁舎内が市民にわかりやすい裁判所のトップは、大阪高裁新庁舎だろう。なんと言っても、1階に案内係が配置されていること、広いロビーがあることが評価できる。ただ、法廷や書記官室の階は、初めて来庁した人には、わかりづらいように思う。エレべーターから降りた中央廊下からは直接には法廷に行けない。エレべーターから降りた位置の真正面に配置図が置かれてはいるのだが、黒い色調で精密に過ぎる図面となっていて、目立たないし、わかりにくい。説明図は、できる限り簡単な図面にして、しかも説明も大きな文字で書かれている方がわかりやすい(配置図がわかりにくいのは、東京地裁も同様。)。そして、大阪高裁の場合に、何よりも問題なのは、法廷に事件番号の表示しかされていない点である。当事者名が表示されていないと自分の事件が開廷される法廷かどうかがわかりにくい(素人はなおさらであろう。)。
反対に、法廷や書記官室などの位置が来庁者にわかりやすいのは、札幌地裁である。平成9年の内部の改装でぐんとよくなった。エレべーターから降りて真正面の位置に配置図が掲示されていて、非常によく目につく。この掲示板には、別の階に何があるかも掲示されていて、迷ったときにも目的の部屋を見つけやすい。エレべーターから横をみた真正面には、矢印つきで各部屋の位置が掲示されていて、どちらに曲がれば目的の部屋にたどりつけるか一目でわかる仕組みになっている。人の動きをよく理解した配置である。また、廊下や天井、床の配色が明るく、気持ちがよい。
ただ、惜しいのは、各部屋の掲示が、学校の教室の掲示のように、廊下に90度の位置に張り出した板による方式ではなく、壁に張り付けた掲示となっているところである。その部屋の直前まで行かないと部屋の名称がわからないので、若干不便なように思う。廊下からみて、部屋の位置がわかるようにするには、教室の掲示板方式がよいと思う。
なお、福岡高裁でも内部の改装が進行中であるが、廊下の天井に部屋の案内と矢印がつけてあり、非常にわかりやすかった。ところで、ほとんどの裁判所では、法廷棟は、書記官室、裁判官室のある事務棟とは分かれている(東京地裁や大阪地裁・高裁、札幌地裁などでは階が分かれている。)。これは、法廷での弁論から和解に切り替わって移動するときなど分かりにくい。弁論なのか、和解なのかわからなかったときなどは、法廷棟と事務棟を移動する時間をとられることも多い。
この点、名古屋地裁は、事務棟と法廷棟がかなり近接していて便利である(改装された福岡高裁も同様である。)。
ただ、残念ながら、名古屋地裁の事務棟は、廊下の裏にも廊下があるような配置となっている上、和解室や書記官室などの各部屋がこの二重の廊下を通って行かねばならない位置に配置されていたりしていて、まるで迷路のようである。この迷路の存在で、総体的に評価すると市民には使いづらい裁判所の一つになってしまうのが残念である。
宮崎地裁本庁も、掲示がわかりやすいし、内装も明るく、親しみが持てる裁判所である。確か、札幌地裁と同じような掲示板を採用していたように記憶している。なお、宮崎地裁の法廷は、後述するように工夫されている。
以上のような裁判所と比較すれば、大抵の裁判所は、迷路のようにわかりにくい配置となっていて、初めて来庁した人には極めて使いにくい迷路のような形態となっているのが普通である。その中でも、取り壊された京都地裁本庁が最も来庁者にわかりにくい裁判所であったように思う。弁護士控室の所在などは、弁護士の中でも知らない人がいただろうし、証人控室に至っては、これを打ち合わせなどに使用するような弁護士は数える程ではなかったか。また、旧庁舎の階段は急な上に滑りやすく、身体障害者や老齢の人にとって利用しにくいことこの上ないものであった。

法廷や書記官室の設備

電話など
新民事訴訟法では、トリオホンによる電話会議が導入されているが、これが実際には設置できていなかったり、トラブって実際上使えない裁判所はかなりの数がある。支部ではほとんど導入できていないのではないか心配である(※3)。
また、FAXも、新民訴法では重視されるが、FAXが裁判所に1台しかなかったりするところもかなりあるようのである。
京都地裁の旧庁舎は、公衆電話が使いにくい点でも不便な裁判所であった(2階に3つしかなかった。)。和解などには本人を連れてくるべきだとの発想に立脚しているのかも知れないが、これだけ電話が普及した世の中で、3階の和解室から1階まで電話をかけに行ゆかねばならないのには疲れた。京都の弁護士の中に携帯電話が普及したのは、京都地裁の構造にも一因があるように思う。いずれにしても、和解室がある階には公衆電話を設置するのが一般的な裁判所であって、これがなかった地裁本庁は京都地裁だけだったように思う。

法廷施設
宮崎地裁では、証人席の前の証言台をカメラで撮影する装置が導入されていて、証人などに書証を示すときに、両代理人や裁判官にもテレビで映像が見えるようになっていて、審理しやすい法廷とされているところがある。三者全てによく見えるからわかりやすい上、証人にやたらべったりとくっついて威迫的な尋問をするような代理人の行動も防げるように思う。
また、大抵の裁判所では、声が聞き取りやすいようになっているが、マイクによる拡声まで行っているところはない。マイクは、書記官や速記官のテープ録音用に配置されているだけである。傍聴人や難聴者に対する配慮には多少欠けているように思う(※4)。

分煙について
分煙などの嫌煙権への配慮は、新築や改築の行われた裁判所のほとんどが採用しているように思う。利用者の健康や汚い空気を吸わされたくないという人格への配慮からすれば当然のことである。施設が新しくなれば、気密性も高まるので、なおさら配慮されて当然であって、新しい京都地裁もぜひそうなって欲しいと思う。

障害者や高齢者への配慮
スロープ、エレベーター、自動ドアなどの障害者に配慮した施設は、支部を含めて大抵の裁判所でも設置されるようになってきている。但し、廊下などに点字ブロックや点字シートが設置されている裁判所は少ないし、点字による配置案内図もあまり設置されていないように思う。法廷に点字シートがある裁判所も見たことがない。また、難聴者に対する配慮があるなと感じられるような裁判所は皆無ではないか。

弁護士控室
裁判所のそばに弁護士会館があるところは、会館で打ち合わせすることもできて、便利である。これに対し、自前の弁護士会館を建築された弁護士会の中には、裁判所からちょっと離れたところに会館があって、不便なことがある。いずれにしても、その地方の弁護士会に所属しない弁護士にとって、裁判所の中の弁護士控室は貴重なものであるが、裁判所によっては、これが貧弱なことがあり、困ることもある。鍵がかかっていて中に入れないことも少なくない(※5)。東京地高裁の6階と8階にある弁護士控室の鍵が開いていることを経験したのはこの10年間で一度しかない。最近では常時閉鎖されていて、開かずの部屋と化しているようである(東京地裁の書記官には、その存在すら知らない人がいる。)。また、東京地裁1階の弁護士控室は、分煙になっておらず、煙草臭くて、煙草を吸わない人間にとっては、長時間待機する気持ちにはなれない極めて劣悪な環境となってしまっている。

以上、裁判所のハード面についての感想を書いたが、市役所など市民が頻繁に利用する施設と比較すると、裁判所の施設は利用者に冷たいように思えてならない。改装や改築、新築の際にぜひとも改善してほしいものである。
また、弁護士会は市民の代弁者として、裁判所に意見を述べる必要があると思う。また、裁判所も市民の声に謙虚に耳を傾けて欲しいと思う。

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※1
富山地裁での弁論が終わって、少し時間があったので、流しのタクシーが走っているだろうと思って、ぶらぶらと歩いて帰ろうとしたら、全然いない。結局、富山駅まで30分以上歩くことになってしまった。ちなみに、佐賀地裁とか青森地裁とかでも、流しのタクシーはすぐに拾える。

※2
金沢地裁は城のそばにある。JRの駅からは直線距離にしたら、それほどの距離はないのだが、城主が外敵から城を守ろうとしたためだろうか、道路がくねくねと曲がっていて、実際に到着するまでは、意外に時間がかかる(つまり、駅から近いようで遠いから、遅刻しないようにしてほしい。)。

※3
山形地裁で実験的にトリオホンでやってもらったとき、うまくいかず、結局、裁判官が2つの受話器を両耳にあてて、裁判官の頭蓋骨を通じて、互いの代理人が会話したということがあって、笑いをこらえるのに苦労した(本当である、決してネタではない。)。

※4
余談だが、裁判所が新しくなると法廷の天井が低くなる傾向にあるように思うが、法廷の天井が高いと何となく気持ちがよく、すがすがしい気分で審理に臨める。法廷の広さも同様である。狭苦しい法廷よりも、広く天井の高い法廷で晴々とした気分で審理に臨むと、証人なども変な小細工などしにくくなるのではないか。証言心理学などで法廷の施設と証言についての研究などがされていたら、ぜひ研究してもらいたいように思う。 ちなみに、天井の高さでは盛岡地裁一関支部が一番のように思う(仙台高裁管内は法廷の天井が高いような気がするが気のせいだろうか。)。広さの点では、京都地裁の陪審法廷が一番だっただろう。こういう広い法廷はぜひとも各裁判所で1つは設置するようにしたらどうだろうか。

※5
長崎地裁には、敷地内に弁護士会館がないが、裁判所内部の弁護士控室の鍵を弁護士会事務局で閉めたままにしていて、中に入れなかったことがあった。たまたまのことだったらしいが、何となく、釈然としないものを感じた。

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(注) 本稿は、京都弁護士会ホームページに於いても掲載されています。原稿に書かれた内容は、白浜が経験した、当時のものであるということを、お断りいたします。

著 白浜徹朗

2017/12/26

3K(新聞寄稿)

3K

弁護士の仕事は、世間一般からすると知的で優雅なイメージを持たれているようである。でも、まじめに仕事をしている限りかなりハードで、知力よりは体力勝負のところがある。私は、冗談めかして「3Kやな」と説明する。弁護士の仕事は、きつく、危険で、汚いということである。

「きつい」というのは、結構夜遅くまで仕事をしているという仕事量の問題もあるが、法廷での証人調べなどに神経を使うし、相手方との交渉、ひっきりなしにかかってくる様々な電話への対応など、種々雑多の仕事を並行してこなすことを求められるということである。
相手に怒鳴られたり、泣かれたり、かなりストレスを感じるような仕事も多い。実際、ストレスから体調を崩す弁護士は少なくない。

「危険」というのは、相手方から恨まれたり、もめ事に巻き込まれたりすることで、弁護士自身が攻撃の的になってしまうということである。
相談に来た人が弁護士を利用して悪いことをしようとたくらんでいたら、大変なことになる。この点が、けがや病気を抱えた人が訪れるだけの病院とは大きく異なるところで、弁護士はどんな人なのかよくわかっていない人の事件は、あまり受けたくないと考える傾向にある。
弁護士が狙われた事件としては、オウム真理教の信徒に殺害された坂本弁護士事件がよく知られている。私自身は実際に危険な目に遭ったことはあまりないほうだが、それでも裁判所のエレベーターの中で訴訟の相手方と2人きりになったとき、「事件が終わるまで生きていろよな」といわれたことがある。
暴力団との交渉もあるが、これは相手方もある意味でプロなので、新たな事件となるようなことはしてこないことが多い。実際に担当してみると、それほど怖くはないのである。けれども、これも社会一般からすると、危険な仕事ということになるのかも知れない。

「汚い」ということではどうか。部屋の主が倒産して放置されているような室内にはいるなど、衛生的に汚いという仕事もたまにはある。しかし、弁護士として汚いなと思うのは、むしろ人間として汚い行為とか、世間一般からすれば、「なんて汚いことをするんだ」というような案件にぶつかることである。
例えば、離婚訴訟。不安定な世相を反映してか、離婚する夫婦は急増している。
離婚の原因の多くは男性側にあるようだ。子どもがいるのに父親としての自覚がなく、車など、趣味や遊びにばかり金をつぎ込んで家計に金を入れない男性、妻以外の女性と不倫関係に陥ってしまう男性……。こうした自己中心的な男性が増えているように思う。その証拠に、夫ではなく妻から離婚を申し入れるケースが圧倒的に多い。
離婚でいちばんかわいそうなのは子どもである。ある女性から受けた離婚相談では、夫が自分の娘の面前で「息子はほしいけど、この子はいらん」と言ったということであった。
小さいときから人権教育を受けてきたはずの世代なのに、なぜこういう感覚の親がいるのか不思議でならない。こうした人間として本当に嫌な面を見せつけられると非常に気がめいる。

まり、弁護士の仕事はきつく、危険で、汚いところを見せつけられるのが実際の仕事というわけである。

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(注) 本稿は、朝日新聞 京都版「法廷メモランダム」(平成14年2月9日)に、掲載されたものです。

著 白浜徹朗

2017/12/26

民事の誤審(新聞寄稿)

民事の誤審

裁判にも誤りがあることについては、刑事事件の再審問題などで取り上げられることが多いが、私は民事裁判にも数多くの誤審があると実感している。
私がいちばんショックを受けたのは、遺言書の偽造をめぐる裁判で、偽造は明らかなのにそれを裁判官が見抜けなかったことである。

老齢のため身体障害者1級の認定を受け、食事も自力では出来ず、完全介護が必要な母親が、自分で遺言書を書いたという事案だ。しかも、筆ペンで、一字も間違えることなく数枚にわたる遺言書を作成したというのである。
これらの事情だけでも、偽造が強く疑われる思って事件に着手した。相手方からは、字を書いていたり、飲み物を飲んでいたりする母親の写真が提出されたのだが、なんだかぎこちない雰囲気があり、作為しか感じられなかった。
自分の親が遺言書を書いているところを写真に撮るということ自体、普通の人は違和感を感じると思ったのである。当然ながら、遺言書は偽造されたものだという筆跡鑑定も出た。私は明らかに偽造だと確信し、法廷に臨んだ。

法廷には、証人としてこの母親が遺言書を書いている現場にいたという家政婦が出廷した。食事の際、はしも持てないような人が、なぜ筆ペンを持てるようになったのかと尋ねたところ、さすったりマッサージをしたりしてあげたら回復したという返答である。
ペンをどうやって手に持ったのか、片手で取れたのか、どうやって字を書けるようにペンを持ち替えができたのかなど、書いているときの具体的な状況を尋ねると、この家政婦は答えに窮してしまった。
大体、マッサージ程度で治るのであれば、介護の負担が社会的な問題となるはずもない。このおかしな証言だけで、偽造は明らかになったというのが、私の実感だった。

ところが、第1審の裁判官は「偽造は認められない」との判決を言い渡した。家政婦が法廷で「確かに書いている」と証言しているから、その証言内容はどうであれ、本人が書いたと判断しても間違いないというのが裁判官の判断だったらしい。
この母親は「こんにちは」といったあいさつ程度の簡単な会話しかできない状態だった。第2審の高裁では、担当医師から「複雑な文章を書けるはずがない」との意見書をもらった。さらに、飲み物を飲んでいるときの写真にトリックがあることを説明し、逆転で偽造を認定してもらった。それにしても、ここまでしなければ偽造が見抜けないものだろうか。 証拠というフィルターを通してしか事実に迫れないという裁判官の立場を考慮しても、裁判官には社会常識に適合した事実認定をするよう心がけてほしいと思う。証言調書に書かれていれば、その通りに認定しても上級審で批判はされないだろう。そんな安易な感覚で判決を書いているのではと疑われるようなことは、ぜひとも避けてもらいたいものだ。 私はこの事件以来、裁判官に対しては、言葉も知らない幼児に物を教えるぐらいの感覚で接するように心がけている。

そのような私の対応に、裁判官によっては「ばかにするな」と思う人がいるかも知れないが、弁護士にはそれぐらい裁判官への不信感があるということを心に留めておいてほしい。

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(注) 本稿は、朝日新聞 京都版「法廷メモランダム」(平成14年2月16日)に、掲載されたものです。

著 白浜徹朗

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