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弁護士法人 白浜法律事務所

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コラム

弁護士の急激な増員は再検討する必要がないでしょうか。

私が、平成17年秋に、司法試験に合格しても就職できるとは限らないというコラムを立ち上げてから、弁護士人口の急増に関わる問題についての世論は変わりつつあるように思えてきました。最近では、弁護士の就職難がまさに現実化していることが、マスコミでも取り上げられるようになってきているようです。

前回のコラムで私が指摘したのは、日本特有の司法書士や税理士、弁理士などの法律専門職の存在を無視して、弁護士が不足していると指摘すること自体が、日本社会の正確な把握を欠いているということでしたが、相も変わらず、司法試験とその合格者数という視点だけでこの問題をとらえようとする論客が多いように思えてなりません。しかし、この問題は、日本という国における司法システムの将来像に関わる問題であって、司法試験合格者数の増加が日本の司法システムや社会構造を大きく変貌させるとすれば、それが国民のニーズに合致しているのかということがまず検討される必要があると思うのです。

この点、私は、通常の不動産取引などでは司法書士が事務を処理し、税務申告は税理士が担当し、紛争となった場合には弁護士に依頼するという現行の日本の司法システムについて、国民が不満を訴えているという話を聞いたことがありません。この社会システムについて、大きく変動させる必要があるとは到底思えないのです。ところが、弁護士の資格を有する者には税理士資格が当然付与されているし、弁護士はその業務に関連して登記業務を行うことも可能であるという構造となっていますから、弁護士人口の急激な増加は、税理士や司法書士の人口やその取扱業務の範囲をどうするかということに密接に関わってくることになるはずです。しかし、この問題が真正面から議論された形跡はないように思います。

また、誤解を恐れずにあえて言わせていただければ、弁護士が不足しているということによる問題は、都市部ではほとんど解消されつつあるように思います。これは、実際に実務を担当している者としての感想なのですが、都市部では自治体による無料法律相談なども充実しているため、弁護士に相談できなかったことで被害が回復できなかったり拡大したというような人は少ないように思います。法務省が実施している人権相談でも、弁護士による法律相談が充実している地域では利用者が少ないということなども、都市部では弁護士不足が社会的な問題となっていないことを示しているように思います。他方、過疎地では、悪質なヤミ金や消費者被害なども問題となっておりますし、上記の人権相談の需要も多く、特に弁護士が人権相談を担当するとすぐに予約がいっぱいになるという現象もありますが、これは身近なところに弁護士がいないということに原因があるという点は否定できないでしょう。しかし、この弁護士過疎問題については、ひまわり基金公設事務所や過疎地の法律相談センターの開設によって、この数年の間に大きな改善がみられています。しかも、この改善は、日弁連の自助努力によるところが大きく、国の予算的補助はそれほど大きなものだったわけではありません。その成果を確認する前に、全体的な弁護士人口増員論が先行しているというのが、現状ではないかと思うのです。実際、弁護士人口増員論の根拠として、弁護士の地域的偏在が指摘されることもあり、合格者を増やせば地方に弁護士が増えるとまで断言するような人もいるようです。そして、最近でも、合格者が増えても弁護士は都市部で増えているだけだというような間違った情報が飛び交うことがあります。しかし、実は、これは大きな間違いです。地方で就職する弁護士は確実に増えています。

私は、今年の弁護士の人口増加率を60期が全体に占める比率で比較してみました。日弁連HPによると、2007年9月1日現在の日弁連会員数は、23,098名です。60期の弁護士を検索した結果は、1,204名となりましたので、2007年9月の平均増加率は5.21%ということになります。これに対し、最大の弁護士会である東京弁護士会は4.50%、東京第一が5.22%、東京第二が4.91%、大阪弁護士会が4.46%ということなので、都市部の増加率はおおよそ平均値以下ということになるのです。これに対し、人口規模が小さい県を中心に調べたところ、おそらく、トップは宮崎の12.16%(74名中9名増)、次が青森の10.34%(58名中6名増)ということになります。関西でも、滋賀が8.75%、和歌山が6.74%、奈良が6.19%ですから、大都市を抱えていない地域ほど、弁護士の増加率は高いということになっています。つまり、弁護士の地域的偏在という問題は、合格者1500名時代でも解消しつつあるというデータが現にでてきているのです。

そもそも専門職の増加率という点で、医師と比較してみますと、医師の合格者は、最近では約8000名ですから、現役就業者数に対する比率から言うと、3.1%の増加率に過ぎません。合格者1200人時代の58期の場合は、900人の増加でしたから、2万1千人の弁護士数に比較すると4.2%の増加でしたので、この時点で、既に増加率は医師よりも高くなっていました。この増加による影響の調査すら行われることもないままに、1500名という合格者となっているのですが、この結果、司法試験合格者の弁護士としての就職先確保が極めて困難になったという現象が生じてしまっているわけです。元々、合格者を急増させねばならないほどに弁護士への社会的需要が高いということがデータとして示されていたわけでもなく、外国との形式的かつ表面的な弁護士の数の比較だけで日本は少ないということが言われていただけではなかったかと私は疑問に思っているのですが、弁護士の就職難という現実が発生してしまった以上、弁護士を急増させてほしいという社会的需要はなかったということが、現時点で実証されてしまったと言っても過言ではないと思います。そして、就職できないような資格は何の魅力もない資格ということになると思いますので、司法試験の資格試験としての魅力が急激に色あせる日もすぐそこまで迫っているということにならないか心配です。実際、司法試験の受験者数は、平成15年度の50,166名(旧試験のみ)をピークに、平成18年度は37,919名(旧試験35,782名、新試験2,137名)、平成19年度は32,582名(旧試験27,975名、新試験4,607名)と激減しています。バブル経済崩壊後の就職難とロースクールに対する過剰な宣伝で司法試験の受験者数が増加していたところへ旧試験の受験者が試験制度の変更に伴って進路変更をしている現象があるということなどを割り引いて考えたとしても、この減少は少し異常とは言えないでしょうか。

また、司法試験合格者の質の低下も指摘されるようになってきています。これは、1200名時代の到来以後、実務的にも私が実感している問題です。合格者の増大により、修習期間が短縮されていますし、指導弁護士の経験年数も大きく緩和されています。裁判所や検察庁での指導係に割り当てられている修習生の数も大きく増えていますから、500名時代と比較すると、修習指導の質が大きく変化していることは、あまり国民に知られていない事実のように思います。これが1500名時代となったことで、さらに問題は深刻なものとなることが懸念されるわけです。弁護士が法律を知らなかったり、実務的なポイントを外していたために、救済されるべき人が放置されたり、勝てるはずのない訴訟を提起したり、通るはずのない言い訳をして事件解決をこじらせたりすることが増えたら、国民にとっては迷惑ではないでしょうか。裁判官が法律を知らなかったり、解釈を間違えて、明らかに誤った判決を下したり、検察官が、罪にならない事件で市民を逮捕したり起訴したりするようなことが増えたらどうでしょうか。この点から言えば、国民が求めていた法曹の質というものと、司法試験の合格レベルや司法修習制度が乖離してしまったということがないでしょうか。とにかく合格者数を増やせということだけが先行して、修習で社会に送り出す法曹の質の確保は放置されたということは本当にないのでしょうか。この観点からも、司法試験の合格水準と修習制度については再検討が行われてもおかしくないように思うのです。

また、弁護士だけ増やしても裁判官や検察官が増えなければ、訴訟が遅滞するでしょうし、市民から提出された告訴・告発などが事実上放置されて処理されないという現状は全く改善されないことになりますが、司法試験合格者の数に比例して、裁判官や検察官の採用数が増えているわけではなく、下記のとおり、むしろ採用数は抑制されています。特に裁判所の採用抑制には顕著なものがあります。この結果、司法試験に合格し、法曹資格者となっても、実際に法曹にはならなかった人が着実に増えているというわけです。有資格者を増やしたのは形式的には国ということになるわけですが、その国が法曹の採用を抑制しているというのは、極めて矛盾した取扱だと思います。特に、旧60期について、裁判所が新規採用を顕著に抑制したことは、国民に説明を要するものとなっているように思います。仮に、その政策の背景に裁判所として求める裁判官採用予定者の質の低下があるというのであれば、国民にとっても重大な問題だからです。

私は、司法試験の改革は、国民にとって利益になるような司法システムの提供につながるものとなるべきであって、大学などの教育機関にとって都合がよくなるように合格者を増やすということであってはならないはずだと思っています。この数年で行われた司法試験制度の「改正」で、最も大きな被害を受けたのは、振り回された受験生かも知れませんが、初めに合格者数ありきというような考えが先行する限り、受験生だけでなく国民全体がこんなはずではなかったと言われるようなことになるのではないかと懸念しております。そんなことにならないように、もっと社会の実態を見据えた上で、その改善のためにどう司法試験を改革するかという議論が行われることに期待しています。このコメントが、その方向につながることを期待しております。

2回試験合格者と就職先の推移

2回試験合格者 弁護士 裁判官 検察官 その他
平成17年 1158 911 124 96 27
平成18年 1386 1144 115 87 40
平成19年 1397 1204 52 72 69(旧60期のみの数字)

※ その他の人数は、合格者数から弁護士や裁判官、検察官となった人の数を控除した数値である。合格者は留保となり後に合格した者を含んでいない。同様に、弁護士には留保後合格して弁護士に登録した者も含んでいない。裁判官、検察官の新規採用数は、新聞発表データによる。

著 白浜徹朗